国際法模擬裁判を通した法的思考力の育成
法学部法学科教授 岩月 直樹
2015/08/21
研究活動と教授陣
OVERVIEW
法学部法学科 岩月 直樹教授による研究室紹介です。
競技としての模擬裁判
ゼミでの模擬裁判の様子
2003年4月の着任から、早くも今年で13年目を立教で迎えることになる。これまでの12年、専門とする国際法、とりわけ国際紛争の平和的解決原則の下での一方的な「力」(武力行使の他、経済的な力の行使によるものも含む)の規制という誰もが理想と認めながら、実現することがなかなかに困難な命題をめぐる問題に取り組んできた。大学院に進学後から数えれば19年間、同じ問題に取り組み続けていることになるが、まだまだ検討しなければならないことは多い。
「力の行使」という生々しい、極めて現実的な問題をテーマとしているものの、もともと私が研究者の道を歩むきっかけになったのは、架空の事実をめぐって法的な議論を戦わせる模擬裁判に参加したことだった。今では日本でもさまざまな国際法模擬裁判大会が開かれているが、私が学部生のころに参加したのは、米国のフィリップ・C・ジェサップ国際法模擬裁判大会の日本国内予選。日本代表として米国で開かれる国際大会への出場権を争って、各大学の代表チームが問題文にある事実から法的論点を抽出し、自らの主張がより妥当なものであることを、まずは訴答書面で、それから大会当日には模擬法廷での口頭弁論を通じて主張する。惜しくも決勝で敗れ国際大会への出場は果たせなかったものの、そこに至るまでの、教科書から始まり、専門書、国内外の論文、国際司法裁判所の判決原文、国連国際法委員会の資料等を読みあさり、仲間と喧々諤々の議論をし、まさに七転八倒しながら準備した経験が、研究者として本格的に国際法について考えてみたいという関心を強め、分からないことを分からないなりにも考え続けるだけの知的な体力を養ってくれた。
もっとも国際法模擬裁判はあくまで国際法を題材とした競技・ゲームで、研究とは似て非なるものであることは、十分に注意されなければならない。例えば、国際法では条文の形で整えられた国際条約上の規則もあるが、多くの、そして基本的な重要性を持つ規則・原則が慣習国際法という不文法として存在している。文書の形で残されていないため、ある規則が慣習国際法であることを主張するためには、現にそうした規則が諸国家によって法として受け入れられていることを、実際の国家実行等を通じて証明する必要がある。模擬裁判であれば、専門書や論文に基づいて学説という権威を借りて主張すればよく、根拠が多少怪しい主張を堂々と展開しても、そこはあくまでゲームだからということで割り切ることが許される。
しかし研究の場合には、他の学者の学説に無批判に依拠したり、理論的・実証的な検討を十分に経ない見解をむやみに提示したりすることは許されない。なにより、国際法はそれが妥当する国際社会の分権性という構造的特徴を反映して、法規則の特定・適用において学説が果たす役割が大きく(国際司法裁判所規程第38条1項dは、学説を「法則決定の補助手段」としている。「諸国の最も優秀な国際法学者の」との限定はついているが)、それだけに研究者の学問的な誠実さ、責任感がよりいっそう求められる。
こうした点を留保した上で言えば、国際法模擬裁判は国際法の専門家を育成するための入口・導線として、非常に有効な教育ツールであるのは間違いない。実際、国際法模擬裁判大会への参加を契機に、研究者としての道を歩んだ者や、外交官や弁護士など実務を通じて国際法に携わっている人も少なくない。また、国際法に固有の事情ともあいまって、国際法模擬裁判は国際法という一つの分野の学修に留まらず、より広い法的思考力一般を実践的に身に付けるための絶好の「仕掛け」ともなっている。実際には、多くの学生が卒業後に国際法の専門知識を必ずしも必要とする職務に就くわけではないことからすれば、この後者の点にこそ教育ツールとしての国際法模擬裁判に期待される役割があるとも言える。
「力の行使」という生々しい、極めて現実的な問題をテーマとしているものの、もともと私が研究者の道を歩むきっかけになったのは、架空の事実をめぐって法的な議論を戦わせる模擬裁判に参加したことだった。今では日本でもさまざまな国際法模擬裁判大会が開かれているが、私が学部生のころに参加したのは、米国のフィリップ・C・ジェサップ国際法模擬裁判大会の日本国内予選。日本代表として米国で開かれる国際大会への出場権を争って、各大学の代表チームが問題文にある事実から法的論点を抽出し、自らの主張がより妥当なものであることを、まずは訴答書面で、それから大会当日には模擬法廷での口頭弁論を通じて主張する。惜しくも決勝で敗れ国際大会への出場は果たせなかったものの、そこに至るまでの、教科書から始まり、専門書、国内外の論文、国際司法裁判所の判決原文、国連国際法委員会の資料等を読みあさり、仲間と喧々諤々の議論をし、まさに七転八倒しながら準備した経験が、研究者として本格的に国際法について考えてみたいという関心を強め、分からないことを分からないなりにも考え続けるだけの知的な体力を養ってくれた。
もっとも国際法模擬裁判はあくまで国際法を題材とした競技・ゲームで、研究とは似て非なるものであることは、十分に注意されなければならない。例えば、国際法では条文の形で整えられた国際条約上の規則もあるが、多くの、そして基本的な重要性を持つ規則・原則が慣習国際法という不文法として存在している。文書の形で残されていないため、ある規則が慣習国際法であることを主張するためには、現にそうした規則が諸国家によって法として受け入れられていることを、実際の国家実行等を通じて証明する必要がある。模擬裁判であれば、専門書や論文に基づいて学説という権威を借りて主張すればよく、根拠が多少怪しい主張を堂々と展開しても、そこはあくまでゲームだからということで割り切ることが許される。
しかし研究の場合には、他の学者の学説に無批判に依拠したり、理論的・実証的な検討を十分に経ない見解をむやみに提示したりすることは許されない。なにより、国際法はそれが妥当する国際社会の分権性という構造的特徴を反映して、法規則の特定・適用において学説が果たす役割が大きく(国際司法裁判所規程第38条1項dは、学説を「法則決定の補助手段」としている。「諸国の最も優秀な国際法学者の」との限定はついているが)、それだけに研究者の学問的な誠実さ、責任感がよりいっそう求められる。
こうした点を留保した上で言えば、国際法模擬裁判は国際法の専門家を育成するための入口・導線として、非常に有効な教育ツールであるのは間違いない。実際、国際法模擬裁判大会への参加を契機に、研究者としての道を歩んだ者や、外交官や弁護士など実務を通じて国際法に携わっている人も少なくない。また、国際法に固有の事情ともあいまって、国際法模擬裁判は国際法という一つの分野の学修に留まらず、より広い法的思考力一般を実践的に身に付けるための絶好の「仕掛け」ともなっている。実際には、多くの学生が卒業後に国際法の専門知識を必ずしも必要とする職務に就くわけではないことからすれば、この後者の点にこそ教育ツールとしての国際法模擬裁判に期待される役割があるとも言える。
国際法と模擬裁判
国際法模擬裁判が法的思考力一般を実践的に身に付けるのに役立つのはなぜか? それは、民法や刑法などいわゆる国内法が議会によって定められた制定法と裁判所によるその具体的な適用としての判例に基づいてもっぱら論じられる(論じなければならない)のに対し、国際社会の場合には統一的な立法機関も裁判機関も存在しないことが関係している。国際社会でも条約のように条文化された国際法規則も存在するが、それとは別に、また多くの問題が、条文化されていない慣習国際法によって規律されている。また国際司法裁判所をはじめとする国際的な裁判機関が国際法に基づく判決を下すこともあるものの、それは各紛争当事国の同意に基づいてのみ行われるものとされており、必ずしも組織的・制度的な形で判例の蓄積がなされているわけではない。その結果、条約など文書化された規則がない場合には慣習国際法に基づいて主張を行うことになるが、不文法なだけにその存在を主張する上ではさまざまな工夫が求められることになる。講学上は、慣習国際法が存在すると言えるためには、ある規則が諸国家によって現に受け入れられていることを示す国家実行と、それが単なる慣例に留まらない法的規則に従ったものであることを示す法的信念、この二つの要件を満たすことが必要とされる。
ただ実際の認定においては、こうした二要件は厳密に区別できるわけではなく、関連する国家実行を国際法の基本原則・関連する他の規則との関係で評価したり、国連や国際会議で採択された国際文書で示された規範的言明を参照したり、またそれらとあわせて過去の判例や学説も重要な考慮要素として援用・参照するなど、決して単純なものではない。誤解を恐れずに言えば、慣習国際法の証明とは、今日の国際社会におけるある規則の現実的な必要性が認められ、諸国家もそうした規則を受け入れているものとみなし得ることを、国家実行や各種の国際文書、判例、学説などに基礎づけつつ論証することである。またそうした論証では、法規則の認定とその適用とは必ずしも截然(せつぜん)と区別できるわけではなく、問題とされる国家の行為を違法な行為として法的に非難する(あるいは正当な権利権限の行使として許容されるべきとする)規範意識が国際社会に十分に醸成されていることを示すことが論証の焦点となる。それを示すためには、さまざまな資料を原理原則に則りながら整合的に説明することが求められ、その際に国内法で一般に受け入れられている法概念や一般原則もあわせて援用されることもある。
こうしたこともあって、国際法模擬裁判では、事実関係を踏まえつつ、限られた資料を基に、自らが適当と考える適用法規を示し、その要件効果をどのように特定できるのか、またすべきかを考え、裁判官に自らの請求を認めさせるためにどのような論理を展開するのが説得的であるかを考えに考え、それを実際の弁論を通じてプレゼンテーションすることが、ゲームとしての国際法模擬裁判では強く求められる。そのために、国際法模擬裁判を経験した後には、以前は大量の資料を前にしてうろたえていた学生も、そうした資料を妥当な結論を得るための素材・考慮要素として捉え、複雑な問題を処理可能な程度までに切り裁き、自らの意見・結論を他者に説得的に提示しようとする方法・姿勢を身に付けられているというわけである。
ただ実際の認定においては、こうした二要件は厳密に区別できるわけではなく、関連する国家実行を国際法の基本原則・関連する他の規則との関係で評価したり、国連や国際会議で採択された国際文書で示された規範的言明を参照したり、またそれらとあわせて過去の判例や学説も重要な考慮要素として援用・参照するなど、決して単純なものではない。誤解を恐れずに言えば、慣習国際法の証明とは、今日の国際社会におけるある規則の現実的な必要性が認められ、諸国家もそうした規則を受け入れているものとみなし得ることを、国家実行や各種の国際文書、判例、学説などに基礎づけつつ論証することである。またそうした論証では、法規則の認定とその適用とは必ずしも截然(せつぜん)と区別できるわけではなく、問題とされる国家の行為を違法な行為として法的に非難する(あるいは正当な権利権限の行使として許容されるべきとする)規範意識が国際社会に十分に醸成されていることを示すことが論証の焦点となる。それを示すためには、さまざまな資料を原理原則に則りながら整合的に説明することが求められ、その際に国内法で一般に受け入れられている法概念や一般原則もあわせて援用されることもある。
こうしたこともあって、国際法模擬裁判では、事実関係を踏まえつつ、限られた資料を基に、自らが適当と考える適用法規を示し、その要件効果をどのように特定できるのか、またすべきかを考え、裁判官に自らの請求を認めさせるためにどのような論理を展開するのが説得的であるかを考えに考え、それを実際の弁論を通じてプレゼンテーションすることが、ゲームとしての国際法模擬裁判では強く求められる。そのために、国際法模擬裁判を経験した後には、以前は大量の資料を前にしてうろたえていた学生も、そうした資料を妥当な結論を得るための素材・考慮要素として捉え、複雑な問題を処理可能な程度までに切り裁き、自らの意見・結論を他者に説得的に提示しようとする方法・姿勢を身に付けられているというわけである。
学生への希望と期待
立教に赴任した13年前からどうすれば学生に積極的・主体的に学修してもらえるか、演習を通じていろいろと試してはみたものの、やはり模擬裁判に参加しているときの学生の懸命さには、目を見張るものがある。模擬裁判の競技としての性格が、良い方向に働いているからだろう。やっているあいだは、「難しい」、「分からない」と嘆いていた彼等彼女等も、しばらくするとまたやってみたいと言ったりするのを聞くことが珍しくない。終わった時の充実感、あるいは負けた悔しさというのもあるだろうが、複雑な現実を前にして、原理原則を踏まえて事実を整理し、関連する多くの考慮要素に目を配りつつ解決に向けた見通しを立てるという法的思考の面白さを実感したことが、何よりも大きいように思う。
こうした学生の中から、将来、あるいは研究者に、あるいは国際法に携わる法曹・外交官となる者が出てくれればと考えているが、それ以上に、国際法模擬裁判を通じて得た、柔軟にして強靱(きょうじん)な法的思考力をもって、それぞれが得た場で活躍してくれることを期待している。
こうした学生の中から、将来、あるいは研究者に、あるいは国際法に携わる法曹・外交官となる者が出てくれればと考えているが、それ以上に、国際法模擬裁判を通じて得た、柔軟にして強靱(きょうじん)な法的思考力をもって、それぞれが得た場で活躍してくれることを期待している。
※本記事は季刊「立教」233号 (2015年6月発行)をもとに再構成したものです。定期購読のお申し込みはこちら
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プロフィール
PROFILE
岩月 直樹
【略歴】
1996年3月 早稲田大学法学部卒業
1998年3月 東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了
2000年10月 パリ第1大学大学院国際法国際組織法専門研究課程博士課程前期課程修了
2002年3月 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程中退
2002年4月 東京大学社会科学研究所助手
2003年4月 立教大学法学部専任講師
2005年4月 立教大学法学部助教授
2010年9月~2011年3月 欧州大学院大学客員研究員
2011年4月~2011年9月 ケンブリッジ大学ローターパクト国際法研究センター客員研究員
2011年10月~2012年9月 ローマ大学(ラ・サピエンツァ)客員研究員
2012年4月 立教大学法学部教授
【業績】
「第7章 利益否認」小寺彰・川合弘造『エネルギー投資仲裁・実例研究』(有斐閣、2013年)
「国際法秩序における『合法性』確保制度としての国家責任法の再構成─国家責任条文第二部・第三部における国際法委員会の試みとその限界─」村瀬信也・鶴岡公二『変革期の国際法委員会 山田中正先生傘寿記念』(信山社、2011年)163-192頁
ほか
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